「圏外」の心に気づき、アンテナを張る ―― 私たちはなぜ学ぶのか
生徒の皆さん、そして保護者の皆様。
今回は以下のXから、藤原栄善 EIZEN FUJIWARA @eizen san のツイートからヒントを得て書いてみました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/806f018ac721b87484e40dc25758b3c66c736d9b?page=1
私たちが毎日使っているスマートフォン。もし画面に「圏外」と表示されたら、皆さんはどう思いますか? きっと「ここには電波がないんだな」と思うことでしょう。
しかし実際には、空間から電波そのものが消え去ったわけではありません。場所が悪かったり、機内モードになっていたりと、スマホの側が「受け取れていない」だけなのです。
実は、私たちの「心」もこれと全く同じです。
仏教には「無明(むみょう)」という言葉があります。これは単に「知識がない」「頭が悪い」という意味ではありません。怒りや悲しみに飲み込まれたり、自分の思い込みにとらわれたりして視野が狭くなり、物事の本来の姿が見えなくなっている状態のことを指します。
智慧(ちえ)がないのではなく、見えていないだけ。 電波がないのではなく、受信できていないだけ。
誰もが本来、自分の中に素晴らしい力や智慧を「すでに満ちた状態」で持っています。しかし、私たちが自分の外の世界に意識を向けず、「知ろう」というアンテナを立てなければ、その豊かな智慧に気づくことは決してありません。自ら心を閉ざした「圏外」のまま、つまり「無明」のまま生きていくことになってしまいます。
だからこそ、私たちは「学ぶ」必要があるのです。
世の中に「知らなくてもよいこと」など一つもありません。国語の文章から他者の心に触れること。数学の定理から論理の美しさを知ること。歴史から人間の過ちと成長を学ぶこと。一見すると自分には直接関係ないと思えるような知識であっても、それに触れ、理解しようと意識を向けることで、私たちの心の「受信感度」は確実に磨かれていきます。知ろうとしなければ、私たちは世界が発している大切なメッセージを決して感じ取ることはできないのです。
生徒の皆さんへ 勉強が難しくて投げ出したくなる時、感情に振り回されて自分を見失いそうになる時は、「自分には才能がない」と落ち込むのではなく、「今はちょっと心のアンテナが圏外になっているだけだ」と考えてみてください。そして、好奇心というスイッチを入れ直し、外の世界を知ろうとしてみてください。皆さんの内側には、世界を受信する素晴らしい力がすでに備わっているのですから。
保護者の皆様へ 子どもたちは日々成長する中で、時に壁にぶつかり、自分自身の可能性を見失うことがあります。そんな時、私たち大人ができることは、彼らに無いものを嘆くのではなく、彼らが本来持っている「力」を信じることです。そして、様々なことに興味を持てるよう、共に世界へ目を向け、「知ることの喜び」を分かち合っていきたいと考えております。
知ろうと意識を向ければ、私たちは必ず感じ取ることができます。 共にアンテナを高く張り、たくさんの智慧を受信できる充実した日々を創っていきましょう。
